韓国消費市場狙いの進出も相次ぐ
中国企業の韓国進出が活発化(2)
2025年5月7日
本稿では、最近の中国企業の韓国進出について、韓国の産業資源部発表の対内直接投資統計や、韓国メディアが報じた中国企業の韓国進出事例など、韓国発の各種情報に依拠して、2回に分けて紹介している。2回目は、中国家電企業の韓国での販売拠点構築、流通企業の韓国進出、飲料チェーンの韓国進出について整理した後に、中国企業の進出に対する韓国での懸念について紹介する。1回目の「足元で中国の対韓直接投資が急増」では、中国の対韓直接投資の推移や、最近の中国企業の韓国進出事例、中国の二次電池関連企業や自動車企業の韓国進出状況について概説している。
参考までに、1回目で掲載した最近の中国企業の韓国進出事例に関する表を再掲する。
年・月 | 中国企業名 | 総投資額 | 概要 |
---|---|---|---|
2023年 3月 |
アリババグループ | 1,000億ウォン以上 | 海外向け通販「アリエクスプレス」でコストパフォーマンスのよい商品を拡充し、ユーザーインターフェースを最適化するために、2023年に1,000億ウォン以上の投資を行うことを表明。 |
浙江杭可科技 | 3,000万ドル(浙江杭可科技分のみ) | ビツロと合弁会社を設立し、SKオン向けの電池化成装置を生産する。浙江杭可科技は米国向け輸出を念頭に、中国生産を米国の自由貿易協定(FTA)締結国での生産にシフトしており、本件はその一環とみられる。 | |
先導智能 | — | 京畿道安養市に韓国法人を設立。韓国の二次電池企業向け製造装置販売拠点とする。 | |
格林美 | 最大で1兆2,100億ウォン | SKオン、エコプロとの合弁で、全北特別自治道セマングムに年産5万トン規模の前駆体工場を建設する投資協定を締結。2023年内に着工し、2024年完工を目標とする。 | |
広東利元亨智能装備 | — | 京畿道華城市に韓国支社を設立。韓国の二次電池企業に対する電池化成装置などの製造装置の販売拠点とする。 | |
4月 | 浙江華友鈷業 | 1兆2,000億ウォン | LG化学と合弁で全北特別自治道セマングムに前駆体を生産する工場を建設する基本合意書を締結。米国のインフレ削減法(IRA)への対応も狙う。 |
5月 | 浙江華友鈷業 | 1兆2,000億ウォン | ポスコフューチャーエム、慶尚北道、同道浦項市と投資了解覚書を締結。浦項市に前駆体と高純度ニッケル生産ラインを建設する。2027年までの完工を目指す。 |
6月 | 永正鋰電 | — | 総合商社STXと合弁で水酸化リチウム製錬工場を韓国国内に建設する内容の業務協約を締結。建設地は江原特別自治道太白市になる見込み。 |
中偉新材料 | 1兆5,000億ウォン | ポスコホールディングス、ポスコフューチャーエムの2社と、二次電池用ニッケル精製と前駆体生産を行う2つの合弁会社を慶尚北道浦項市に設立する契約を締結。それぞれ、2026年の量産開始を目標に、2023年第4四半期(10~12月)に工場着工予定。 | |
7月 | 浙江杭可科技 | 3,800万ドル | 忠清南道扶余郡にリチウムイオン電池充電・放電設備生産工場を建設する内容の了解覚書を忠清南道、同道扶余郡と締結。 |
浙江華友鈷業 | — | ポスコホールディングス、GSエナジーとの合弁で設立したポスコHYクリーンメタルが、全羅南道麗水市に二次電池リサイクル工場を完工。同工場は年間ニッケル2,500トン、コバルト800トン、炭酸リチウム2,500トンの回収が可能。 | |
寧波容百新能源科技 | 1兆ウォン以上 | 全北特別自治道セマングムでの8万トン級の正極材・前駆体工場の建設許可を韓国政府から取得。製品は米国や欧州市場に輸出予定。米国のインフレ削減法(IRA)成立を受けた措置。 | |
8月 | コッティコーヒー | — | ソウル市に韓国1号店をオープン。 |
寧波容百新能源科技 | — | 同社の韓国子会社の載世能源が、忠清北道忠州市で正極材生産の韓国第2工場の起工式を開催。2024年下半期の完工を目指す。 | |
アリババグループ | — | 韓国現地法人アリエクスプレスコリアを設立し、事務所を開設。 | |
9月 | 浙江南都電源動力 | 5,000万ドル | 全羅南道光陽湾経済自由区域に電力貯蔵システム(ESS)工場を建設する投資協約を締結。 |
杉金光電/合肥新美材料 | 2億ドル/45億元 | LG化学は、IT素材事業部のフィルム事業のうち、偏光板事業を杉金光電に、偏光板素材事業を合肥新美材料にそれぞれ売却すると発表。 | |
11月 | TCL科技 | — | 韓国家電市場に本格参入すべく、韓国法人を設立。コストパフォーマンスの良い製品を投入すると同時に、高い成長性が期待できるプレミアムテレビのラインアップ充実を図る計画。 |
比亜迪(BYD) | — | KGモビリティー(旧・双龍自動車)昌原エンジン工場敷地に電池パック工場を建設する内容の業務協約を同社と締結。生産品はKGモビリティーのモデルに搭載。 | |
12月 | 杭州中泰深冷技術 | — | ポスコホールディングと合弁契約を締結。杭州中泰深冷技術の出資比率は24.9%。合弁会社は、半導体用の高純度貴ガス工場を全羅南道光陽市に建設。2025年末の商業生産開始を目指す。 |
2024年 1月 |
茶百道 | — | カフェチェーンの同社は初の海外店舗をソウル市に開設。韓国ではソウル市を中心に年内に50店舗の開設を目指す。 |
アリババグループ〔淘宝(タオバオ)、天猫(Tモール)〕 | — | 現地法人タオバオTモールを設立。韓国製品を発掘し、中国市場で販売する狙いとみられる。 | |
2月 | 寧波江豊電子材料 | 5,300万ドル | 忠清南道牙山市に半導体用超高純度スパッタリングターゲット工場を建設する投資協約を忠清南道、同道牙山市と締結。製品はサムスン電子、SKハイニックスに供給予定。 |
PDDホールディングス | 1億ウォン(資本金) | 越境ECサイト「テム(Temu)」を運営する同社は子会社経由で韓国法人を設立。同社では「韓国の協力企業との協業を含め、現地法人の役割を遂行する計画」と発表している。 | |
3月 | 北京汽車 | 4兆ウォン | 京畿道高陽市とEV生産拠点構築のための業務協約を締結。年産20万台以上の規模を想定。米国向け生産拠点と位置づけているもよう。ただし、高陽市に経済自由区域が設置されることが前提。 |
アリババグループ | 3年間で11億ドル | 韓国国内に18万平方メートル規模の統合物流センターを構築する。それにより、海外向け通販「アリエクスプレス」の商品配送期間が大幅に短縮できる見込み。また、韓国国内の販売事業者の海外進出を支援する。さらに、消費者保護を目的に顧客サービスセンターを開設する。 | |
喜茶(HEYTEA) | — | ティードリンクチェーンの同社は韓国初店舗をソウル市に開店。韓国の茶市場拡大を見込む。 | |
4月 | アリババグループ | 334億ウォン | 現地法人アリエクスプレスコリアを増資。韓国事業拡大による運営費用・マーケティング費用に充当する目的とみられる。 |
シーイン(SHEIN) | — | 韓国専用のホームページを開設し、韓国市場に本格的に進出。 | |
5月 | アモイタングステン | 1,300万ドル | 全北特別自治道セマングムに酸化タングステン工場を完工。 |
6月 | 中偉新素材 | 75億ウォン | 香港の子会社を通じ、スカイムーンズテクノロジーを買収、社名を「フィノ」に変更。新規事業として前駆体事業に参入。フィノは中偉新材料とポスコフューチャーエムとの合弁会社に出資。 |
7月 | 上汽通用五菱汽車 | — | 商用バン・タイプの電気自動車(EV)「e-TOVI」の販売を開始。 |
9月 | 無錫恒新光電材料 | 1兆1,200億ウォン | サムスンSDIの偏光フィルム事業を取得。サムスンSDIは、中国地場企業の台頭により収益性が悪化していた同事業から撤退。 |
連合飛機 | 100億ウォン(2社合計) | 無人航空機メーカーの連合飛機は、韓国のドローンメーカーのDエアとの合弁で、光州市に産業用ドローン・無人航空機工場を建設する業務協約を締結。 | |
10月 | アモイタングステン | 1,500万ドル | 全北特別自治道セマングムに追加投資する投資意向書をセマングム開発庁に提出。2025年下半期にプロジェクト開始予定。 |
12月 | アリババグループ | 1,000億ウォン | ビューティー・ファッションなどのスタイルコマースプラットフォーム「エイブリー」を運営するエイブリー・コーポレーションに出資。出資比率は約5%に。 |
明陽智能 | 1,500億ウォン | 風力発電企業のユニスンとの合弁で、慶尚南道泗川市に15メガワット(MW)クラスの風力タービン工場を建設、2026年の完工を目指す。 | |
アリババインターナショナル | — | 新世界グループとの合弁会社を設立し、新世界グループの通販「Gマーケット」と、アリババの海外向け通販「アリエクスプレス」を合弁会社の傘下に置くと発表。シナジー効果による競争力向上を狙う。 | |
名創優品 | — | 生活雑貨を販売する「MINISO」ブランドの韓国1号店をソウル市に開設。同ブランドは2016年から2021年まで韓国で店舗展開しており、今回は韓国再進出となる。 | |
2025年 1月 |
小米科技(シャオミ) | — | 韓国法人をソウル市に設立。スマートフォン、テレビ、ロボット掃除機などの韓国市場での販売を本格化。 |
比亜迪(BYD) | — | スポーツ用多目的車(SUV)タイプの電気自動車EV「ATTO3」の予約販売を開始。 | |
寧徳時代新能源科技(CATL) | 6億ウォン(資本金) | 韓国に現地法人を設立する計画を発表。LFP電池を中心に、韓国の車載用・ESS用電池市場の開拓を進める考え。 | |
2月 | ジーカー(Zeekr) | — | 韓国市場への本格参入のため韓国法人を設立。業界は中型SUVのEV「7X」の投入を予想している。 |
PDDホールディングス | — | 京畿道金浦市で「テム(Temu)」の大規模物流センターを賃貸契約で確保。仁川国際空港・金浦国際空港・仁川港などの主要空港・港湾に近いのが最大の特徴。 | |
3月 | 比亜迪(BYD) | — | 既存の韓国現地法人BYDコリアとは別に、中古車の輸入・販売を行う現地法人BYDコリアオートを設立。 |
覇王茶姫(CHAGEE) | — | 韓国での店舗展開を前に韓国公式インスタグラムを開設。 |
注1:本表には、新規の韓国進出事例に加え、既存の韓国拠点の投資案件なども含む。また、香港・海外を経由した事例や当初の計画どおり進展していない案件も含む。
注2:「総投資額」列の「-」は不明を示す。合弁会社の場合の金額は、特記しない限り、合弁会社全体の金額。
注3:1ウォン=0.1円。
注4:「概要」は報道時などの内容に基づく。
注5:地名は現行の地名に統一した。
出所:各種韓国メディア報道などを基に作成
中国の家電企業、相次いで販売拠点構築
家電業界に目を向けると、韓国市場での販売強化を目的に、韓国に現地法人を設立する中国企業がみられるようになってきた(前掲表参照)。
中国ブランドの家電製品のうち、韓国市場でいち早く高いプレゼンスを確立したのは、ロボット掃除機だ。韓国では、中国のロボット掃除機企業の中でも、特にロボロックの人気が高い。同社は2020年11月に韓国に現地法人を設立し、韓国での販売を本格化した。韓国の各種メディア報道によると、2024年の韓国ロボット掃除機市場における同社のシェアは46%で、他社を大きく引き離している。さらに、2022年3月に韓国支社を設立したエコバックスや、現地法人を有する追覓科技(ドリーミー・テクノロジー)も韓国市場で一定のシェアを獲得している。ロボット掃除機市場には、サムスン電子やLG電子も参入しているものの、ロボロックのシェアが圧倒的だ。その理由について、「中央エコノミーニュース」(2025年1月16日)は「ロボロックが国内市場を掌握した理由は、単に価格が安いからではない。サムスン電子やLG電子の最上位ラインアップよりも価格は高いものの、飛ぶように売れている。ロボロックの掃除機はホコリ吸収機能と水拭き機能が装着されており、掃除を終えると雑巾を洗浄し、乾燥する機能も備わっている。韓国製品よりも掃除の機能が優れている上に、管理方法も簡単で、消費者から支持されている」と述べている。中国製ロボット掃除機全般についても、価格の優位性よりは、性能の優位性で売れているようだ。
ロボット掃除機の成功を受け、その他の家電製品市場でも、中国企業が韓国での販売を強化し始めている。例えば、TCL科技は2023年11月、韓国に現地法人を設立した。通信社「ニュース1」(2023年11月1日)は「TCL科技は2022年にクーパン(韓国ECサイト)を通じて韓国市場で商品を販売し、十分に成功できると判断した。当時の最高仕様のMiniLEDテレビの全製品が5分で売り切れたほどだった」とし、「価格を最大限引き下げるとともに、成長性の高いプレミアムテレビのラインナップも増やし、多様なニーズを満たしていく」との同社韓国法人代表の抱負を伝えた。
小米科技(シャオミ)も2025年1月に韓国に現地法人を設立し、公式オンラインモールを開設した。2025年上半期に実店舗を開店する計画だ。同社は韓国でスマートフォン、ウエアラブル機器、テレビ、ロボット掃除機、補助バッテリーを販売していく。特にスマートフォンについては、韓国市場はサムスン電子とアップルの2社による寡占状態にあるため、小米科技がどこまで食い込めるか、注目されている。さらに、韓国各種メディアは、小米科技が今後、韓国で電気自動車(EV)販売に踏み切るかにも関心を寄せている。
電子商取引(EC)などで韓国市場の獲得を目指す
非製造業は、製造業に比べて直接投資金額は少ないものの、幅広い投資事例がみられる。特に流通関連では、さまざまな投資事例が確認できる(前掲表参照)。
電子商取引(EC)では、中国EC企業が韓国での事業を順次、拡大している。中国のEC企業の韓国進出の狙いについて、若干古いが、「韓国経済新聞」(2024年4月10日、電子版)は「ブランド品や家電などの高付加価値市場が大きい韓国で、中国のプラットフォームが成功できることを示すことで、全世界の市場でハイエンドのポジションを得られる」とする識者の見方を紹介している。
韓国市場の開拓に特に熱心なのが、アリババグループとPDDホールディングスだ。
アリババグループは従来、韓国語サイトを運営していたが、韓国での本格的な事業展開のため、2023年8月に現地法人を設立した。2024年3月に今後3年間、韓国で11億ドルを投資する内容の事業計画書を韓国政府に提出した。具体的には、(1)敷地面積18万平方メートル規模の物流センターを構築し、商品配送時間の大幅な短縮を実現する、(2)韓国の5万社の小規模事業者の輸出支援を行うといった内容を含んでいる。(2)に関連し、アリババグループは中国製品の韓国市場での販売とともに、韓国製品の海外販売にも注力しているのが特徴だ。「ヘラルド経済」(2025年3月20日、電子版)は「アリババグループは韓国市場を直接狙っているというよりは、韓国で売り手を募集し、韓国製品を海外で販売する一種の越境EC代行事業に注力している」と述べている。
さらに、2024年12月、新世界百貨店など流通事業を中心に事業展開する韓国の新世界グループと折半出資の合弁会社を設立することで合意した。2025年に設立する合弁会社は、新世界グループのECサイト「Gマーケット」と、アリババグループのECサイト「アリエクスプレス」を傘下に置く。アリババグループの狙いについて、「聯合ニュース」(2024年12月26日)は「アリババグループが取り扱っている各国の商品を、Gマーケットを通じて、韓国の消費者に紹介すること」と述べている。同グループの積極的な取り組みの結果、韓国では「アリエクスプレス」が存在感を増している。「毎日経済新聞」(2025年4月3日、電子版)は「2025年2月時点で、アリエクスプレスの月間アクティブユーザー数(MAU)は873万人、(後述する)『テム(Temu)』は784万人で、韓国国内トップのクーパンに次ぎ、2位、3位になっている」と報じている。
アリババグループに次ぎ、ECサイト「テム(Temu)」を運営するPDDホールディングスも、韓国事業を強化している。同社は2023年7月に韓国語サイトを開設し、2024年2月に韓国法人を設立した。さらに、同社は2025年3月にオープンマーケット事業への進出を発表した。また、同月、ソウル市近郊で16万5,000平方メートルの大規模物流センターの長期賃貸契約を締結したと報じられている。
韓国では、アリエクスプレス、テム、シーイン(SHEIN)の3つの中国ECサイトを縮めて「アルテシュイ」という略語が定着するほど、これらが韓国市場に浸透している。韓国の消費者にとっては選択の幅が広がった半面で、同業者には脅威になっている。ちなみに、後者について、やや古いが、「韓国経済新聞」(2024年3月17日、電子版)は「中国のeコマースが韓国の衣類市場を侵食し、韓国のファッションプラットフォームが生存を脅かされている」と報じている。
なお、実店舗の展開では、名創優品が2024年12月、生活雑貨ショップ「MINISO」の韓国1号店をソウル市内に開設した。オンラインニュースの「ニューデーリー」(2025年4月1日)は「商品は100%輸入品」「キャラクターグッズの販売に注力している」と紹介している。
中国の飲料チェーンなども相次ぎ韓国進出
サービス業では、ミルクティーを中心とした中国の飲料チェーンが最近、相次いで韓国に進出している。コッティコーヒー(2023年8月)、茶百道(2024年1月)、喜茶(HEYTEA、同年3月)、覇王茶姫(CHAGEE、2025年3月、進出準備)がそうした事例だ(前掲表参照)。
韓国の各メディアは、中国飲料チェーンの相次ぐ韓国進出の背景として、中国国内での競争激化により、各社が成長の機会を海外市場に求めるようになってきたことや、韓国は茶や中華料理が根付いており、中国の食文化と親和性が高いこと、中国への観光旅行の経験がある韓国人が増えたことなどを挙げている。
中国企業の韓国進出に懸念も
韓国の歴代政権は、海外からの投資誘致活動を積極的に行っており、中国からの直接投資増加も当然、歓迎している。そうした中でも、韓国国内では中国企業の韓国進出に対して、さまざまな懸念もあるようだ。順不同で紹介すると、次のとおりだ。
第1に、過去の中国企業の韓国企業買収の失敗による不信感だ。筆者らは2024年10月に北京と上海在住の韓国人研究者(中国経済・中韓関係)にインタビューを行った。その際に指摘されていたのは、上海汽車集団による双竜自動車買収の失敗だ。上海汽車集団は 2004 年、経営難に陥っていた双竜自動車(現・KGモビリティーズ)の株式の48.9%を5億6,000万ドル(申告金額)で取得した。これは当時、際立って大きな投資案件だった。しかし、買収後、双竜自動車の業績は不振が続き、労使対立が激化したことなどから、上海汽車集団は2009年に双竜自動車の法定管理を申請し、撤退した。韓国側では、上海汽車集団の目的は双竜自動車の技術の獲得にあり、買収後の企業経営に十分に注力しなかったとする否定的な見方が払拭しきれないようだ。この失敗の記憶が今なお、中国企業の韓国進出全般を警戒する見方につながっているとのことだ。
第2に、中国製消費財の販売拠点を韓国に構築する動きに関連し、購入時に個人情報が中国側に流出する恐れがあるとの懸念が韓国で根強く残っているようだ。例えば、BYDが乗用車予約販売開始時に行った記者会見の様子について、インターネット紙「時事ウイーク」(2025年1月16日)は「個人情報の中国への流出に関する質問に対し、現地法人BYDコリアの代表は『韓国国内のサーバーを使用している』『情報の管理について十分に気を付けている』『信じてほしい』など、やや曖昧に回答し、懸念を十分に払拭できなかった」と報じている。
第3に、前述の双竜自動車の件と同様に、中国側への技術流出を警戒する見方もある。例えば、若干古いが、「韓国経済新聞」(2024年8月2日、電子版)は「産業通商資源部によると、(知的財産権侵害事例について)今年受け付けた提訴の大部分は、中国企業のバイオ、二次電池、新素材など先端製品の特許権・営業機密侵害が占めた」「2024年上半期の中国の韓国に対する直接投資は、わずか半年間で過去最大だった2018年通年の投資実績を超えた。(中略)問題は、中国側が正常な投資を装い、巧妙に技術を流出させる事例が少なくないことだ」と報じている。
第4に、米国向けなどの輸出用生産拠点を韓国に構築する動きに対する懸念だ。例えば、「ソウル経済新聞」(2025年2月20日、電子版)は「専門家は、この状況を放置して韓国が米中対立に巻き込まれることを懸念している。韓国が中国の迂回輸出拠点と判断されると、トランプ政権は韓国との貿易にも厳しい基準を持ち出しうる」と述べている。また、「東亜日報」(同年2月27日、電子版)は「現在、韓国には外国企業によるM&Aを統制する手段はあるが、韓国で企業を新設して生産施設を構築するかたちの投資を牽制する方法がない」と述べ、法制度の整備が必要と主張している。
最後に、今後の中国の対韓直接投資について言及しておきたい。1回目の「足元で中国の対韓直接投資が急増」で述べたように、中国の対韓直接投資額は2024年に急増した。この勢いが2025年以降も続くのかどうかについては、見通しは難しい。その理由は幾つかあるが、特に言及したいのは、韓国を対米輸出拠点に位置付けた対韓直接投資の行方が不透明という点だ。1回目で述べたように、二次電池関連の中国企業の韓国進出案件の中には、既にプロジェクトが遅延している案件や中止された案件もある。そうした理由として、世界のEV市場の伸び悩み、トランプ政権の関税政策などが挙げられる。特に米国の関税政策をはじめとした世界の通商環境が、今後どこに向かうのかが、中国企業の韓国戦略に影響を与えよう。
中国企業の韓国進出が活発化
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- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部中国北アジア課
百本 和弘(もももと かずひろ) - ジェトロ・ソウル事務所次長、海外調査部主査などを経て、2023年3月末に定年退職、4月から非常勤嘱託員として、韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。